昔この地方がまだアンドゥラと呼ばれていた頃のこと。小国トルノにねずみを可愛がる王子がいた。名前はリアという。王宮に何匹ものねずみたちを飼って名前を付けていた。王子のこの奇妙な趣味は王宮の秘密であった。というのも、この小さなトルノ王国にとって、政略結婚は政治的に重要な意味を持っていたからである。王子の奇妙な趣味が公になって、結婚ができなくなることを国王はじめ重臣たちは恐れた。

 その甲斐あってというべきか、リアは隣の大国レカムの王女パメラと出会い、お互い愛し合う仲となった。双方ともこの婚儀に乗り気で、めでたく婚礼の日取りも決まった。

 ところが、ある日、大臣が真っ青な顔で知らせを持って駆け戻ったのである。

「たいへんです。ね、猫が。パメラ王女は、猫がお好きだとのことで。愛する猫を連れてトルノへおいでになると……」

 今さら婚儀を断れば、面子を潰された大国レカムの王がどんな無理難題をふっかけてくるかもわからない。王子リアは苦渋の決断をし、ねずみたちを解き放って逃がすことにした。ところがねずみたちは王子に懐いて、いっこうに城を離れる気配がない。追い払えば逃げ、追うのをやめればまた戻ってくる。王も王子も困り果てた。

 婚儀の日が近づき、ついにパメラ王女とその一行がトルノ王城の門をくぐった。王子はもはやこれまで、と覚悟を決め、自ら出迎え、王女に対面した。

「ようこそ、お越し下さいましたパメラ様。私がパメラ様をお慕い申し上げていることは疑いようもなく事実です。それでいて私は一つの秘密を、今、打ち明けなければなりません」

 ただならぬリア王子の顔色に、パメラ王女は首を傾げながらも微笑んで、その先を促そうとした。

 ところが、である。馬車の長旅で機嫌を損ねていた猫の方はもはや一刻の我慢もできなかった。馬車からとび出し、王女のドレスに爪を立ててさっと駆け上ると、いつもの調子で王女の腕の中に飛び込んだ。リア王子は、この問題の獣を目の当たりにして思わず知らず息を呑んだ。

 パメラ王女は、リア王子の表情を見て、リアが猫を苦手なのだと勘違いした。それで、まことに、まことに申し訳なさそうにこう言った。

「リア様、私がリア様をお慕い申し上げることは疑いようもなく事実です。ですが一つ、恥ずかしながら申し上げることがございます。実はこの猫はとんだ怠け者なのです」

 彼女は腕の中の猫をなで可愛がりながら、トルノ王国の歴史に残る一言をお発しになった。

この猫はねずみをとりませぬイス・レーカ・ム・トード・カペンノ

 こうして、幾日か後にリア王子とパメラ王女の婚儀は滞りなく行われ、トルノ王国は国を挙げてのお祭り騒ぎとなった。以後トルノ王国では、怠け者が「まあお許しあれ、この猫はねずみをとりませぬ」と言い訳をするようになったという。