ミノス王の迷宮には恐ろしい魔物が住むと言う。丑の頭に人の体。この魔物を鎮めるため、ミノス王は年に一度、若い男女7人を供物として迷宮内に送り込む。
この少年は今年選ばれた供物の一人。深編み笠に顔を隠し、携えたのは一振りの刀と一本の笛。薄暗い迷宮をひたひたと進む少年の前に、巨大な人影が現れた。
「待て、小僧」
噂に違わぬ筋骨隆々たる大男。その魔物は腕組みして少年の行き先に立ちはだかった。
「お主のその腰につけた刀、さぞ名のある銘刀と見受けた。この丑が……いやこの儂が貰い受ける。そこに置いて早々に立ち去れ……太刀だけに」
巨躯から繰り出される寒いギャグににこりともせず、少年は口答えした。
「さても無体な。なぜそのように刀を集めなさる」
「物心ついた時からの迷宮暮らし。いずれ外か内かも知らぬ我が身を憐んで、女神アテナはお約束くだされた。銘刀千振りを集め捧げれば迷宮の外に導こうと。今宵がその千振り目だ。覚悟いたせ。渡さねば痛い目に遭うぞ」
魔物は巨大な斧を振るって少年の足元に叩きつけた。少年はひらりと宙に舞って、軽やかにその斧に飛び乗った。
「な」
驚き慌てる魔物に構わず、少年は斧の上を駆け上がり、笛で魔物の鼻面を打ち据えた。魔物が痛みに思わず斧を手放し鼻を押さえたその隙に、少年は再び笛で魔物のすねを思いっきり打ち据えた。
「ぐはあ」
大男、あまりの激痛に、今度は膝を押さえてうずくまった。
「そ、そんな乱暴な使い方すると笛が壊れます……ていうか今壊れましたよ絶対ペキって」
「黙れ」
少年は傲慢に言い返すと、魔物の顔に笛を突きつけた。
「お前の悪行も今宵限り。これからは我がしもべとして酷使してくれよう」
「あなたさまのお名前は……」
「今は丑若丸と名乗っておる」
「おお……お名前に何かご縁を感じます。是非ともお供させて頂きたい」
「ではもうこのような悪さをするでないぞ」
「ははー」
少年は歩き出そうとして、ふと尋ねた。
「ちと尋ねるが、出口はどちらだ」
「……いえ、私生まれてこの方、出口を探して歩いておりますが、ついぞ目にしたことはございません。上様は、出口から入ってこられたのでは」
「それはそうだが、失念した」
「入り口から毛糸を持って入ったりとかしないので……」
「途中で切らしてな」
「……」
「……」
「あ、若、その刀」
「あ、これか。そうだな。ほら」
「頂戴します。千振りめ。」
魔物が女神アテナに刀を捧げると、迷宮はたちまち崩れ去った。
「出られたようだな」
「今宵が千振り目でなかったら終わってましたな」
この少年がのちにクロー・ホーガン義経としてミノス島プロレス界を席巻するのであるが、またその話はいずれ。